『沈黙の山嶺』おもしろ小話集 第5回 チャールズ・ハワード=ベリー(1921年隊 隊長)(2)

*『沈黙の山嶺』おもしろ小話集は、『沈黙の山嶺』が最初に刊行された2015年に白水社のウェブサイトで連載されていたものです。復刊を記念し、ここに再掲します。

 

 

陸軍大学を出た職業軍人で、第一次世界大戦ではドイツの捕虜収容所から命がけで脱走したこともあるハワード=ベリーですが、花や動物が大好きで、エヴェレストに向かう道中ではしばしば本隊を離れ、色とりどりの花が咲き乱れる草地を通ったり、ガゼルを追いかけたりします。『沈黙の山嶺』第六章には、峠の上できれいな花を摘んで上着のボタン穴に挿す場面も。(あとでその花が実は猛毒なのだと教わるのですが。)戦前のことですがこんな話もあります。

 

「ロシアのオムスクでハワード=ベリーは駅のプラットフォームにいる浮浪児たちから一枚の硬貨で買った野生のスズランで列車の個室をいっぱいにした。のちに……革命で死んだロシアの子供たちを忘れないために[ベルヴェデールの庭一面に]同じ花を植える」(『沈黙の山嶺』第三章)

 

ベルヴェデールというのはアイルランドにあったハワード=ベリーの屋敷のことです。ハワード=ベリーの死後、建物と庭園が一般公開されています(ウェブサイトはこちら)。アイルランドに行くことがあったら訪れたい場所のひとつです。

 

『沈黙の山嶺』著者のウェイド・デイヴィスもハワード=ベリーがお気に入りの隊員だったようで、ガーディアン紙にハワード=ベリーについて寄稿しています(Wade Davis, My Hero: Charles Howard-Bury, The Guardian, November 23, 2012)。この記事にも出てきますが、私が好きなのはハワード=ベリーが1913年に天山山脈に旅したときのエピソードです。実にふるっています。

 

[ハワード=ベリーは]現地の市場でクマの赤ちゃんを買い、アグーと名づけた。……この仔グマを大事に育て……一緒に馬にも乗って、最後はアイルランドに連れて帰った。アグーは体長が二メートル以上になり、死ぬまでベルヴェデールの植物園で暮らした。天山山脈から来た成グマと取っ組み合いをするのがハワード=ベリーお気に入りの運動となる。(第三章)

 

1922年に行なわれた2度目の遠征を率いたのは、同じ軍人でもハワード=ベリーとはすっかりタイプの異なるチャールズ・ブルース将軍です。ブルース将軍にも数々の逸話があります。次回はそれらを紹介しましょう。

 

 

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