『沈黙の山嶺』おもしろ小話集 第9回 傘が大活躍! 英国ジェントルマンの山行 (2)

*『沈黙の山嶺』おもしろ小話集は、『沈黙の山嶺』が最初に刊行された2015年に白水社のウェブサイトで連載されていたものです。復刊を記念し、ここに再掲します。

 

 

『沈黙の山嶺』には雨傘だけではなく、日傘も登場します。使うのは我らがジョージ・マロリーです。

 

「マロリーは日傘を持ち、油を塗った絹の覆いをした防暑帽をかぶり、背にはリュックサック、さらに自転車用のマントを着けて歩いていた」(『沈黙の山嶺』第六章)

 

しかし実は、ここで日傘を差しているのが大雨の中だというのがお茶目なマロリーらしいところです。

 

余談ですが、イギリスのヒマラヤ遠征隊と傘といえば、1951年にネパール側から行なわれたエヴェレスト偵察遠征の写真群に傑作があります。晴天の下、増水したアルン川の水面に、黒っぽい色の傘を開いたのが3つ、お椀を伏せたような形で浮かんでいます。別の写真を見ると、これは川の流れに首まで浸かった隊員3人がそれぞれ傘を差しているのだとわかるのですが、モノクロであることもあり、なんともシュールな図です。

 

51年隊の隊長、エリック・シプトンによる報告書(Eric Shipton, The Mount Everest Reconnaissance 1951, Hodder and Stoughton, 1952)によれば、エヴェレストまでの行進中は暑さが厳しく、日除けのために隊員たちは常に傘を差し、しょっちゅうそのまま川に入って涼んでいたとのこと。遠征の公式記録にそんな写真が入るのもシプトンならではでしょうか。ちなみに、このときの偵察で得た情報をもとに計画された1953年のエヴェレスト遠征で、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイがとうとうエヴェレストに初登頂します。

 

 

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